ARCADE MEMORIESアーケードメモリーズ

駄菓子屋ゲーセン時代の思い出や当時の店舗跡、 レトロゲーム関連資料、ゲームショップの店舗跡や資料を記録しています。

飛騨高山から岐阜に向かう途中で見つけたゲーセンの廃墟


2000年にツーリング中、

飛騨高山から岐阜に向かっている途中の山の中の国道沿いで見つけた、

ゲーセンの廃墟。



看板の宇宙船の絵に吸い寄せられるように停まったのを思い出す。



ドライブインからコインスナック(オートレストラン)になった店舗だろうか。

2000年当時、潰れて何年も経っている雰囲気だった。



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2022-09-02

【ゲーセンの記憶】キャラメルハウス(1981~1984)

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ここは、1981年から1984年にかけて度々通っていたゲーセンで、
閉店した地元の個人営業のスーパーだったと思われる。





店内には、20台以上のテーブル筺体があり、
どのゲームも">ちょっと前に流行ったお下がり"のようなタイトルが多かった。



ここでよくプレイしたのは、カネコのフライボーイというハンググライダーを操作する、
横スクロールアクション



やタイトーのインディアンバトル、




コナミのストラテジーXと言う
マニアックな戦車ゲームもあったのを思い出す。




ここには、駄菓子を売っていたり、
うどんなどのちょっとした軽食が100円(200円)くらいで、
食べれたので重宝したが、味はイマイチだった。



また、畳が敷いてあって寝転がりながら漫画が読めたりテレビが見れたりしたので、
小学生には、非常に居心地がいい場所だったように思う。



(自分は、当時中学~高校生だったのでそこまで居心地がいい雰囲気ではなかった)



経営していたのは、当時20代後半から30代前半くらいだと思われる青年で、
密かに「キャラメルハウスの兄ちゃん」と呼んでいた。





この人は、いつもベレー帽?をかぶり脚が不自由だったようで、
いつも方脚を引きずって歩いていたのが、痛々しかった。



なんとなくクセのある性格の人だったので、親しくはなれなかったが、
経営が大変そうな雰囲気が伝わってきて、心の中では応援していたような気がする。



その後、いつまで続いたのだろうか?



現在(2022年8月)は、警備会社の事務所になっている。





「キャラメルハウスの兄ちゃん」は、どうしているのだろうか?



今でも時折思い出す。










【ゲーセンの記憶】工業前と呼んでいた商店(1980~1984年)

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ここは、ある工業高校前にある小さな商店で、通称”工業前”と呼んでいた。



お店の片方の部屋は食料品や雑貨がびっしりと並んでいて、
もう半分の部屋にテーブル筺体が、
10台くらいと大型筺体が1台設置してあった。





1ゲーム50円で遊べるベームが多く入荷していたので、
頻繁に通っていた。





ここにはこんな、レアなゲームも入荷していた。





ゲームセンターあらしで一躍有名になった、





「ドラキュラハンター」







正直、グラフィックはしょぼいしゲーム性が高かったわけでもなく面白いとは思わなかった。
ゲームセンターあらしに取り上げられなければ、日の目を見なかっただろう。





データイーストのこんなゲームも印象に残っている。







「マンハッタン」というゲームを覚えている人がどれくらいいるだろうか?



というくらいマイナーなゲームで、
デコ坊やというキャラクターをトランポリンでジャンプさせて、
ビルの屋上に着地またはベランダ?に、
接地しながら下に降りてくると言う奇ゲーだった。





下の着地点に見事着地できると、手のキャラが現れて拍手してくれるのがよかった。





デコと言えば、こんな奇ゲーも入荷した。






「ディスコNo1」





これは、ディスコで踊っているギャル達を線で囲んでいくというタイトーのQIXをヒントに作られた(のかも知れない)奇ゲーだった。





黒服と魔女が邪魔をするが、線を消してしまう魔女が鬱陶しかった。





全囲みというテクニックを使って、楽に面クリするというテクニックもあったが、

後半の面では、難しくてできなかったと思う。





他に、







プロゴルフ



プロテニス




ロックンチェイス





などの初期デコゲーも一通り入荷した。





その他、印象に残っているゲームとして、



N-SUB(セガ)



サスケVSコマンダー(SNK)



ムーンパトロール(アイレム)



などをかなりプレイしていた。



また駄菓子屋ゲーセンの定番、コピー基板も多数入荷していた。



ギャラッグ(ギャラガのコピー基板)





ジグザグ(ディグダグのコピー基板)





レーサー(ポールポジションのコピー基板)





アミーゴ(アミダ―のコピー基板)





もっといろんなコピー基板があったと思う。





もちろん当時は、コピー基板などという認識は無くて、





「なんかヘンなタイトルになっているな~」





程度の認識だった。





ここは、ゲームの上手いヤツがよくいて、攻略の参考にしていた。
ただ見ているだけでも面白かったので、いつも長時間ここで過ごしている事が多かった。





商店なので、パンやジュースやアイスクリームがすぐ買えるのもありがたかった。





両替機は無く、おばちゃんに頼んで50円玉に両替してもらうシステム
というか、駄菓子屋ゲーセン系に両替機などは無いのが普通だった。





駄菓子屋ゲーセンとしては、いつまで続いていたのだろうか?





数年前までは、クリーニング店を細々とやっていた雰囲気だったが、





現在(2022年8月)は完全に閉店している。










管理人
◆管理人◆こうたいし◆ アーケードゲームの黎明期の思い出を、 記憶遺産として記録するのがライフワークの一つです。
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